染めない生活

52歳で毛染めを止めました。

義母宅の大量のモノを前に呆然とする

義母の葬儀も済んで、次にやらなくてはいけないのが家の片づけです。

 

葬儀の二日後に1回目の片づけをしましたが、もう半端なかったです。

 

モノの多い家だということはわかっていました。

 

義母は捨てられない人なのに、夫が勝手に片づけようとすると烈火のごとく怒るというのも聞いていたので、すべては亡くなってからだと覚悟もできていました。

 

が、そんな覚悟はすぐに吹っ飛びました。

もう、ありとあらゆるものが詰め込まれています。

 

義母たち一家(当時は四人家族)があの家に越して32年くらいのようですが、その年月に家に入ってきたモノがほぼ捨てられることなく堆積しています(いやもちろん生ごみなんかはありませんが)。

 

思い出のモノが捨てられない

 

夫と結婚して間もない頃、夫の実家に行ったとき義母から、夫の高校時代の制服を置いてある、ということを聞いたのです。

 

そんなもの何のために置いているのか、と聞きそうになった言葉を飲み込みました。

義母の顔は、むしろいつまでもちゃんと保管している自分を自慢しているような表情だったので。

 

もちろんのこと、置いてあるのは高校の制服だけではないはずです。

 

新しいものを買っても古いものを捨てない

 

古い絨毯を筒状に巻いたものが、長短合わせて3本ありました。

新しい絨毯を買ったので、古いものは巻いたのでしょう。

で、どうして捨てなかったのでしょうね。

 

年とってからのことならわかります。

大型ゴミの処分には体力もいるし車が必要な時もありますから、89歳の義母には無理です。

 

でもこの絨毯、不要になってこうして巻いたのは何十年も前のことだと思うのですよね。

 

さすがに壊れた電化製品などは捨てているようですが、衣類や鍋など置いておいてもそれほど場所をとらないものは使っていなくても捨てていないようです。

押入れには古着がびっしり詰め込まれていましたし、取っ手のとれた行平鍋もいくつもありました。

 

でも、義母はきちんと家事をする、几帳面な人だったのですよ。

それと捨てられないこととは別なのでしょう。

 

義母にとっては、モノ=自分の人生そのもの、だったのかもしれません。

 

これから夫と私、できれば息子(こづかい渡すと言えば来る)の3人で片づけなければいけません。

 

夫は義母の目を盗んで今までに10回以上、車で不用品を運び出しています。

それでもあんなに残っているのですから。

 

自分はもっとモノを減らそう!と強く思いました。

 

ああ、いつまでかかるんだろう(泣)。