染めない生活

52歳で毛染めを止めました。

「断捨離」ではなく「感謝離」

家族を亡くした時、残された物を処分してようとしてもなかなか実行できない人は多いようです。

生きていたときのことを忘れたくない、ゴミとして捨てるのは忍びないなど、さまざまな思いを抱き、遺品の整理ができなかったり、家族同士でぶつかったり。

 

妻を亡くした男性が書いた投稿が朝日新聞に載り、共感を呼んでいるようです。

 

妻の服を感謝離

 

投稿者は89歳の河崎さん。

62年間パートナーだった奥さんを3月に亡くしました。

 

残された衣服の整理を始め、妻の肌を守ってくれた衣服に「ありがとう」と言いながら袋に入れていくとき、「断捨離」ならぬ「感謝離」という言葉が思い浮かんだそうです。

 

擦り切れたパジャマを手にしたときは、自分が天国に行ったら一緒に新しいのを買いに行こうと考え、新陳代謝だ、「代謝離」だ、と書いています。

 

やましたひでこさんも

 

「断捨離」の提唱者、やましたひでこさんもご自身のブログでこの投稿を紹介したそうです。

 

やましたさんいわく、

断捨離はただモノを捨てることではなく、使われなくなったモノは「ご苦労様」という気持ちで手放し、今の自分にふさわしいモノを手に入れ、新しい自分を生きること。

 

遺品との別れるときも、「これはお気に入りだった」などとモノと向き合って対話し成仏させます。

モノを弔うことは、死者をも弔うことであり、一番の供養になると言っています。

 

まずは捨てる

 

義母と私の両親は3人とも高齢なので、いつ「遺品整理」の必要がやってくるとも限りません。

 

この記事を読んで、なるほど感謝離か、そうやればいいのかと納得していたのですが、義母宅を思い浮かべるとそれどころではないことに気が付きました。

 

この前義母宅の2階に上がったら、夫の子ども時代の木琴(今の子どもは木琴使いませんね)とか、高校時代の制服とかがまだありました(なぜ置いてあるのか不明)。

 

何回にも渡ってせっせと夫が捨てていますが、まだまだあります。

そして、捨てるときには一応義母に知られないように捨てているようですが、知られるとケンカになるんですよね。

 

ある程度の量にまで減らしておかないと、感謝離もへったくれもなく、一切合財ゴミにして捨てるしか方法はありません。

いちいち感謝なんかしていたら何年かかるか、という量です。

 

感謝離できるように断捨離しておくことが必要かと。