染めない生活

52歳で毛染めを止めました。

自分の中の〇〇係

作家の津村記久子はエッセイの中で、自分の中にいろんな係がいるけれど、一番持て余しているのが「小説を書く係」だと書いていました。

 

作家の文筆課

 

津村記久子の「文筆課」には、心配性で1日のノルマを超えて仕事する「ゲラ(校正紙)を見る係」とか、まじめすぎて気の毒なくらいに考え込む「書評係」、ぐずぐずしたところはあるが時間帯や備品のコンディションは問わない「随筆係」などがいます。

 

でも「小説を書く係」は「まずお茶とお菓子」を要求し、真夜中でないと仕事しないなどわがまま。

すぐに気が散って動物の画像を検索したがり、そして落ち込みやすい。

 

こんな「小説係」に仕事をさせるため、今日もお茶とお菓子を用意して、「書かないと出来不出来は分からないよ」と励ますのだそうです。

 

水と将棋

 

ところが最近、新聞に載ったエッセイではそんな状況に変化があったようで。

 

お茶やおかし、BGVやBGMが必要なところ、あるとき、「うるさい、おまえは水でも飲んでおけ」とあしらい、将棋の番組を音を消して流したそうです。

すると、3時間でノルマを達成したそうで、水と将棋で仕事ができるのかと衝撃を受けたとありました。

 

自分の中に複数の係がいて、分業で自分を支えているなんておもしろい考え方ですね。

 

私の中の係

 

私にとっては手抜き家事をしている私も、ブログ書いている私も、全部同じ人間という感覚です。

 

強いて言えば、私の場合は作業によって分かれるというより、「悪いことばかり考える係」と「できるだけいいことを考えようとする係」に分かれるように思います。

 

妄想というのか想像というのか、なんとなくぼんやり考える時に、悪い未来を想像することが多くて、今までは想像しっぱなしだったのを、最近はなんとか食い止めるようにしています。

 

たとえば将来、子ども達が結婚したとき、それぞれの配偶者とうまくやっていけるだろうかとか(うまくいっていない例はネット上にあふれていますよね)、親戚とのいざこざが起きたらどうしようとか、狭い範囲での人間関係のことをふと想像してしまうのです。

 

想像すればその通りになるなんて言いますし、こんな想像して楽しい気分になるわけもないので、最近は「あ、また考えている」と気が付いたら即、止めるようにはしています。

 

楽観主義者にはほど遠いですが、昔に比べればマシになったかも。