染めない生活

52歳で毛染めを止めました。

シュワッキマセリーって外国語だと思っていた

先日近所のスーパーで買い物中、店内にはクリスマスソングが流れていました。

もろびとこぞりて」を聞くともなしに聞いていたら一緒にいた夫が、「主は来ませりって連呼してるな」と呟きました。

ああそうね、と頷きかけて、はて、と引っかかりました。

主は来ませり?

……。

え?えーっ?

 

私はこの年まで、「主は来ませり」を「シュワッキマセリー」という外国語(ラテン語とか?)だと思い込んでいたのでした。

いやー驚いた(自分に)。

別にキリスト教徒ではないので神さまから御咎めはないと思います。知らんけど。

 

家に帰って娘に言うと、

「え!私も外国語だと思ってた!」

あらま、ここにも似た人間がひとり。血のなせる業でしょうか。

遺伝子も、もっとマシなものを伝えてくれりゃいいのに。

 

そう言えば母も

 

私の母はすっとぼけたところのある人で、その昔(私が高校生くらいのとき)、シャーリー・マクレーンというハリウッド女優のことを「マーリー・シャクレーン」と言ったことがあります。

 

当時の私は映画が好きでアメリカの俳優の名前はよく知っていたため、なんでそんな間違いができるんだろうと、むしろ不思議に思うほどだったのです。

でもこの年になって初めて気が付く、自分のトンチンカンさ。

血筋でしょうか。

 

しかしまあ、年取ることのメリットの一つはツラの皮が厚くなることです。

こんなことをブログに書けるのだから。

 

イメージを修正

 

人は年とともに昔できなかったことにも習熟し、肉低的には衰えるにしても、徐々に完成された人間に近づいていくといったイメージを抱いていたのですが、それからはほど遠い今の自分。

 

あれ、おかしいな、こんなはずではなかったのに。

なんか、昔は自信を持っていた部分まで全然駄目であることが露呈していく。

もしかしたら私は自分が思っていたよりすごくアホなんではないか。

いや、別に賢いと思ってたわけではないですが。

この年になって、もしかして?と自分を疑うなんて結構がっかりします。

 

昔、母から「あなたは几帳面」と幾度となく言われて、すっかり自分でも信じていたところ、自分はまったく几帳面ではないことに気が付いた(むしろザル)のは成人してからでした。

自分で思っている自分と、本当の自分はいろいろ違いがありそうです。

あ、私だけ?