染めない生活

52歳で毛染めを止めました。

才能に恵まれたからこその苦しみ 映画「セッション」

「セッション」という映画を見ました。2014年のアメリカ映画です。

大きな動きのない映画ですが、非常におもしろかったです。

 

ストーリー

 

偉大なドラマーになることを夢見てシェイファー音楽院に進学したニーマンは、フレッチャー教授に声をかけられ、スタジオ・バンドの練習に参加することができます。

ところがスタジオは異様な雰囲気で、ニーマン自身もイスを投げつけられ、暴言や屈辱的な言葉を吐かれます。

フレッチャーは過酷な練習で生徒たちを追い込むのが常でした。

 

時間のすべてを練習に費やし、時間の無駄だという理由で恋人とも別れたニーマンは、やっとの思いで主奏者の地位を得ます。

しかし大会の当日、途中で事故に遭い、フレッチャーに「お前は終わりだ」と言われてりかかり、退学処分になってしまいます。

 

ニューヨークでフレッチャーに再会したニーマンは、音楽祭に参加するバンドのドラムがよくないからと誘いを受けます。

ニーマンは喜んで参加するのですが……。

 

緊張感あふれるシーン

 

大半がフレッチャーとニーマンとの息詰まるようなやり取りや演奏で占められているのですが、まったく飽きることはありませんでした。

 

フレッチャーを演じていたJ.K.シモンズが最高でした。

坊主頭の脂肪の少ない顔が、厳しく完璧主義者の怖い教授にぴったりでした。

アカデミー助演男優賞を受賞しています。

 

普通ならこんな指導法はアウトでしょう。パワハラで訴えられそう。

しかし映画の中でも、交通事故で死んだと言われていた非常に才能のあった生徒が、実はうつ病を患っての自殺だったことがわかります。

本当の天才で、精神的にも強さのある人なら指導についていけるかもしれませんが、リスクがありますね。

たった一人の天才を引き上げるためには、数多くの普通人は音楽の世界から去っても自分を見失っても、それは仕方ないという考えでしょうか。

 

何かの才能に恵まれることに憧れ、何かの天才だったらよかったのになんて思ってきましたが、この映画を見ていると、才能に恵まれたら恵まれたで過酷な日々を送らねばならないようです。

その世界に取りつかれ、自分のエネルギーや時間など持っているものすべてを捧げつくしても、まだ足りないと感じるほど。

平凡な人々が味わう穏やかな時間や趣味の楽しみなどとは無縁の、生きるか死ぬかの戦場にいるような毎日。

 

才能とは人間を食いつぶすバケモノのようなものかもしれません。

食われたくなかったら戦うしかない、というような。