染めない生活

52歳で毛染めを止めました。

義母の自慢話は娯楽?

1人暮らしの義母のところへ行くと、昔話ばかり繰り返します。

ずっと家にこもっていて(歩けるけれど、足腰弱っているため一人では出歩きません)、人にも会わないので、どうしても思い出の中に生きることになってしまうのでしょう。

 

最近は、義母の実家が名家だったという話が大半を占めます。

 

念のため夫に確認すると「そんなわけあるか」と言っていましたので、話半分どころか1/3くらいに聞いておいた方がよさそう。

 

自慢できるものが必要?

 

義母はお金持ちとは言えませんが、住む家もあって、この先食べていくだけのお金は持っています。

子どもたちも、ちゃんと社会人として働き家庭を持っています。

そのうちの一人の息子一家が近くに住んでいて(ウチのことです)、2人の孫もお小遣い目当てとはいえ、時々手伝いに行くことがあります。

足腰は弱ってきていますが、80代後半という年齢にしてはお医者さんにもかかっていませんし、なんとか歩くこともできます。

 

これだけで十分だと思うのですよ。

時には義母自身も、「いろいろあったけど、今はこうして気楽に暮らせてありがたい」と口にすることがありますので、自分でも恵まれていることはわかっているのだとは思います。

 

でもまた、自慢話が始まります。

自分が子どもの時のこと、若い頃に働いていたときのこと、実家のことなど、おそらくかなり盛った話を聞かされます。

 

やっぱり何か満たされないものがあるのかな?

それとも、何かしら自慢できるものが必要ということなのでしょうか。

 

楽しみの一種

 

自慢話をする人は、他人より優位に立ちたいとか、認められたいなどの気持ちがあるのでしょうが、義母が話す相手はほぼ息子家族に限られますので、そんな理由ではなさそう。

聞いているこちらの反応を気にするふうもありませんので、感心してほしいわけでもないようです。

 

義母の自慢話はたぶん、娯楽の一種ではないかと思います。

 

人にも会わず、テレビと新聞しか刺激のない義母にとって、自分の過去はこんなにすばらしかったという話は、ちょっとしたドラマか映画のように面白いのではないかと思います。

おそらく1人で頭の中で過去を思い出しているうちに、いろいろ脚色してしまったのでしょう。

 

義母にストーリーテラーの才能があれば、もっと面白い話になっていたでしょうが、実際のところは聞いている方が「ん?」と首をかしげるような内容です。

表現がうまくないだけで、本人の頭の中ではめくるめくドラマが繰り広げられているのかもしれませんが。

 

身内が聞くだけですので、何でもいいのです。義母が楽しければ。

それでも亡き義父のことだけは悪口しか出てこないのですよね……。