染めない生活

52歳で毛染めを止めました。

楽しそうな共同生活

「あの家に暮らす四人の女」(三浦しをん 中公文庫)を読みました。

 

杉並区の古い洋館で暮らす、鶴代と佐知の親子。

そこに佐知の友人、雪乃と多恵美が加わり、四人の共同生活が始まります。

 

父親の顔を知らない佐知は、開かずの間にあった、干からびた河童の置物を父親だと勘違いしたり、多恵美の元彼がストーカーを始めたり、水漏れしたり、いろいろおかしなことが起こります。

途中で語り手がカラスになるところは余計なんじゃないかとは思いましたが、大体は面白かったです。

 

他人との共同生活

 

こうした共同生活、読んでいる分にはおもしろそうですが、実際にはどうなんでしょう。

私は懐疑的。

家族でも些細なことでイラついたりすることがあるのに、他人が相手だと妙に気を遣って、いろいろ溜め込んでしまいそう。

他人との共同生活をうまくできる人は、言うべきことははっきり言えて、些細なことにはこだわらず、細かな事はすぐに忘れられるような人ではないかと思います。

 

でも考えてみれば結婚も立派な他人との共同生活ですね。

いやそれでも、軌道に乗せるためにはいろいろ苦労もあります。

互いに一緒に暮らそうという意志があり、愛情もあり(たぶん)、子どもという「かすがい」があるにもかかわらずこれだけ苦労するのだから、この小説にあるようにはうまくいかないのでは。

 

でも言い換えると、ずっと続けようという意志があり時間もかけるなら、共同生活は無理ではないということかも。

 

女性の書き方がうまい

 

登場するのはほとんど女性なのですが、描き方がうまいです。

 

佐知の刺繍教室に通ってくる主婦たちの会話を読んでいると、声が聞こえてきそう。

刺繍に関しても、余白を残せるかどうかがプロとアマのちがいだろうという多恵美の推測も納得できます。

 

お嬢様育ちの鶴代はどことなくおもしろい。

伊勢丹へ行くときは妙に張り切り、そのくせ買ってくる肉は駅前のスーパーのものだったりします。

子どものときは初詣の際に神社で、「不動産をぬかりなく維持していけますように」と祈っていたという鶴代。

こういう人だから、娘と娘の友人たちとも共同生活できるのかも。

 

刺繍作家の佐知は、水漏れの修繕に来てくれた内装屋さんに惹かれます。

最初は既婚者だと誤解して諦めようとするのですが、2人のその後をもっと書いてくれればいいのに。

 

生き生きした女性たちに比べ、少ししか登場しない男性たちは、妻に叩き出されたり、ストーカーしたり、必要な時にいなかったりと、どの人も存在感が薄いようです。

 

もっと真面目くさった小説家と思いましたが、意外にユーモラスで一気に読んでしまいました。